対談記事

CEO・井上憲 対談企画Vol.1 北陸先端科学技術大学院大学・岡田将吾准教授とAIを語る

なくし物防止・見守りツール「biblle(ビブル)」。そしてその技術を利用した、高齢者施設に提供する見守りシステム「施設360°」など、「少しだけ優しい世界を創ろう」の理念の元、社会課題の解決に向けた事業創出を進める企業「ジョージ・アンド・ショーン株式会社 (以下、G&S)」。そんなG&SのCEOを務める井上憲が、毎回、自社の事業や研究開発に関わる様々なゲストを招き、深掘りする対談企画をスタート。記念すべきVol.1 では、AI研究の第一人者である、北陸先端科学技術大学院大学の岡田将吾准教授が登場。ともに開発を進める認知症予知検知のAI開発についてお話を伺った。

AIを活用した、高齢者認知症/軽度認知障害(MCI)の早期検知という社会課題解決とは?

井上憲(以下、井上):それでは宜しくお願いします。G&Sと岡田さんが一緒に仕事するようになったきっかけからお話しできればなと。

岡田将吾(以下、岡田):G&Sが見守りタグ「biblle」を作り、行動データ収集をしたい。そして集めたデータからサービスにつながる知識やルールを見出したいってことで、人工知能の機械学習の技術が必要になり、声をかけていただいたのが仕事をし始めたきっかけでしたよね。

井上:そうですね。実際にお仕事で知り合ったというより、もともと東京工業大学の大学院時の同級生っていうのがきっかけですね(笑)。学年的には岡田さんが一つ先輩で、当時から今の研究と近しいことをやっていた記憶があります。そんな中、我々が認知症の早期検知の研究開発を始めるタイミングで、岡田さんはその年に開催された人工知能学会の記念大会で最優秀賞を受賞されたのを記憶しています。

岡田:そうでしたね(笑)。当時は東京工業大学で、画像認識や音声認識の機械学習の研究をしていました。だけど、だんだん研究成果がどのように社会で役立つのかを考えるようになって,そこからいろいろな事を調べていく中で、コミュニケーション能力や、人の行動から人の内面を推定するということに興味を持ち始めたんです。そのひとつの例として、就職活動の採用面接の一部であるグループディスカッションを学生に同じように行わせ、人事採用の担当者に評価をしてもらい、それを人工知能の機械学習に予測させるという研究で賞をいただきました。

井上:学生からしたら迷惑な研究ですよね。AIが勝手に、その研究に参加した学生のコミュニケーション能力を測ってしまうということですもんね(笑)。

一同:(笑)。

岡田:そういうことです(笑)。

↑ 北陸先端科学技術大学院大学准教授の岡田省吾氏

井上:その当時から、人の内面や行動に着目している所と、G&Sがやろうとしている認知症の方から得たデータから推定ができるのではないかという部分で、一緒に開発をやり始めたのが我々の馴れ初めでしたね。岡田先生自身の研究について、もう少し詳しく聞きたいのですが、現状としてそこから発展した部分はありますか?

岡田:いろいろ難しいところもあるのですが、行動から人の内面状態や認知機能を測る研究の方向性を広げたいということで、最初はコミュニケーション能力から入り、1対1での就職面接で、その仕事への適性能力を予測するという研究もやりました。それと、プレゼンテーションの動画から、より良いプレゼンテーションにするためにAIを使い自動推定をし、良くないところをフィードバックする研究を企業と共同研究しています。コミュニケーションについてはそのような感じです。

あと「行動」については、車のデータを利用した研究も行っています。いま、高齢者ドライバーの事故が非常に増えていますが、そのほとんどが「まだ運転できる」という過信により引き起こされているんです。自分ではそんなことないと思っていても、実は動態視力やマルチタスク能力が落ちていて、それに気付かずにある瞬間に事故が起きてしまう。それを防止するために、ドライビングデータから予測をしていくといったような横に広がる研究も行っています。

井上:そういう社会問題に直結する研究は素晴らしいですね。

↑ G&S代表取締役の井上憲

社会に寄り添うAI研究の魅力

井上:G&Sは事業会社ですので、研究開発についても利用者にとってのメリットを中心にした開発が対象になります。社会に対しインパクトを与えることを念頭に置いて進めているものが中心になっています。岡田さんはどちらかというとアカデミア側、すなわち研究というのが主としてあると思うのですが、その中において我々が行っている研究の魅力については、どのようにお考えですか?

岡田:端的にはデータを実環境・実生活の中で取得するという部分は、魅力的だと思います。実際の現場で起きているデータを使って研究するっていうのは、ものすごく大事なことですから。昔は実験室にこもり、コンピューターのなかで研究者が公開したデータを使用して精度を上げるような作業が主でした。ニーズという面から考えると、その画像認識のデータでチャンピオンになる人がいても,世の中の一般の人はその優れた一般画像認識器だけを必要としている訳ではなく,多様なニーズを有しています。その多様なニーズに合わせて,実際の状況に近い形でデータを取得して機械学習モデルを構築し,それを何かのサービスに役立たせたい方がたくさんいる訳ですけど。それに必要なデータを研究者が取得するのは容易ではありません。そう考えるとリアルなデータを持っているのはすごい事だと思います。そのデータを使った研究成果の方が,説得力がありますよね。

井上:アカデミア側から見ても、いわゆる研究室データではなく、リアルデータを使用した研究の結果の方が説得力を感じるということなんですね。

岡田:私個人としては,そういう考えになってきました。

井上:横山さんにも質問したいのですが、事業会社の中でAIを研究する楽しさややりがいをどのように感じていますか?

横山慎一郎(以下、横山):まず、AI自体はウェブなどから知見を得られるのですが、施設に直接行ったり、実際に現場で得たデータというのは、画面からは分からないですよね。そういうリアルなことが知れるというとこで、臨場感が増せることが事業会社に入らないとできないことかなと思います。

井上:確かにそうですね。今日、ひとつの大きいテーマとして、AIがあると思うんですけど、僕らは結構現場に出向くじゃないですか。それは、AIを作るというよりかは、サービスを作るということの方が軸にあるからなんです。そう考えると、AIも結局ひとつのツールでしかなくて。誰の、どんなことを解決してあげなきゃいけないのかという部分を見ながら開発しなくてはいけないという意味では、事業会社にいることの大きなメリットだと僕も感じます。

↑ G&SのAI開発担当の横山慎一郎氏

AIの力で認知症を予知する難しさとは

井上:今回僕らが取り組んでいるのは、高齢者やMCI(軽度認知障害)の早期検知の話ですが、この研究が本当にいい精度で完成した時に、岡田さん的に世の中にもたらすインフルエンスってどんなことだと思いますか?

岡田:まず良いインフルエンスは、早めに予知ができるということ。すなわち予知ができれば準備ができるということですね。情報技術が医療にコントリビューションできる事例があれば情報学研究の重要性をさらに認めてもらえるので、そういう意味では、波及効果が大きいのかなと。医療技術の世界が,もっと知能情報技術と交わることが出来れば面白いと思います。今は,おそらく医療の人たちも完全にはAI技術を信じていないというのもあるし、人の命に関わることなので、そんな簡単にもデータを出せない。そこの垣根がこのプロジェクトによって少しでも無くせたら、すごく大きいのかなと思います。

井上:そういう意味では、今の開発メンバーにも医療関係者の方が入っているように、僕ら工学側からも医療の現場に寄り添うことができたら嬉しいですよね。僕らは、医療側の人たちも「AIが出すものなんて所詮」っていう穿った見かたではなく、それもセカンドオピニオンとして受け入れつつ、現場のフィードバックを上手く利用できるようなプロジェクトを進めているとは思っていまして。そういう座組みの中で結果が出たら大きな進歩になるかもしれないですね。

岡田:高齢者の施設には、僕自身まだそんなに足を運べていない反面、井上さんたちはちゃんと足を運んでいるじゃないですか。技術を高齢者自身に理解してもらうための努力は非常に重要だと思います。

井上:いつも行って思うのは、みなさんまだ、認知症に対しての漠然とした恐怖感があるので、それを理解した上で、治せる方向性が把握できるだけでも、その方たちにとっては嬉しいことなのかなと思います。運動していないから良くないのか、睡眠の質が悪いからなのかなど、理由が分からないままいつの間にか認知症が進んでしまうというのが一番嫌じゃないですか。

そうではなく、何か指針があれば、人間なんとか改善しようとしますよね。10年前の癌みたいに、漠然と恐怖だけを煽られる病気ではなく、改善の指針を示してあげられるという所まで行けば、受ける側からしても安心するのかなと思いますね。おじいちゃん、おばあちゃんは、我々に本当に協力的なんです。

岡田:やろうとしている事が、ちゃんと正しい方向に進んでいるという事を分かってもらえればという事ですよね。

井上:このプロジェクトのもう一つのテーマは「社会課題解決」じゃないですか。それに対し、高齢者の皆様として何か協力できる事があるのだったら治験者にもなんでもなりますよ、というくらいのモチベーションで入ってきてくれる方たちがすごく多いです。逆に僕らは、その協力者に対してできるだけ何かを返してあげたいという気持ちがモチベーションになっています。

井上:ちょっと先ほどのMCIの話に戻すと、グローバルで見て高齢化問題にAIを利用することに対する反応はどうですか?

岡田:海外の学会でも発表は増えてきているので、感心度は高まってきていると思います。僕の(英国ケンブリッジで開催された感情分析関連での学会「ACII 2019」※1)発表時も、興味を持ってくださる方はたくさんいました。

井上:技術的な部分でお伺いしたいのですが、現在共同で開発している認知症予知検知のAI技術について先進性や特徴は強くあるとお考えですか?

岡田:健康診断の結果のように、生体に近ければ推定結果はいい訳じゃないですか。会話データや書き言葉などの音声・言語コミュニケーションデータから認知機能の低下傾向が分かると言われて,研究が盛んになっていますけど。あえてすぐには認知傾向が出にくいけれども,重要な徴候を含んでいる「生活習慣データ」を切り口にしているところが研究としては面白いです.生活行動データにはノイズが多いので一番精度が出にくい可能性がある訳です。その反面、簡易に毎日データが取り続けられるのはメリットだと思います。その部分に先進性を感じます。ライフログとして貯めていってはじめて良さが出てくるのかなと。

井上:要は、入り口のハードルが下がるということですよね。極端な話、健康診断自体も会社にいる時は定期的に受けていたけど、定年を迎えてしまったりすると、意外に行かなくなってしまう人も多い。健康診断結果のようなデータも意外とたまっていないんですよね。そういう意味ではライフログから検知する、ということへの意義は大きいように思います。ちなみに、私が伺うのもおかし話ですが、実際にAIを開発していて、難解だなと感じる部分はありますか?

横山:いまフォーカスしている事が認知症ってところだけになると、視野が狭くなりつつあると思うんです。そうなるといろいろな分野で研究している知見をもらっていかないと、単一的な分析しかできない。それができなければ進みづらくなってしまいます。

岡田:たとえば、会話データや、位置情報を扱うbiblleで取り出した行動データから予測を行う場合に、異なる種類のデータを統合したり,重要な特徴量を抽出するのは難しいですよね。結局は、データマイニングをやっているようなもので、MCIになる兆候をどっちが最初に取れるかっていう事なので。そういう時、やはり生活習慣データはノイズが多いので、機械学習しても現段階で精度は高くありませんが、有用な特徴量もみつかりつつあります。今後精度を向上できた時のインパクトは大きいと思います。

井上:ほとんどのAIエンジンが、推定しようとする仮説があると思っていて、たとえば機械などの故障検知であれば、対象としている機械の歪みやブレが出るという予兆らしきものがありますよね。あとは、こういうパラメーターが相関するのではなかろうかという仮説があれば検証していくというのが、基本的なアプローチじゃないですか。認知症はすでに比較的多く仮説が立っているので、なんとか精度を担保しやすいと思うのですが、MCIの方の特徴行動って実はそんなに世の中では発見されていない、というところも難しい要因ではないかと思っています。

もちろん医学的な知見を持っている人たちもいるかもしれないし、感覚値で理解している人もいるかもしれないけど、明確なのかというとまた別の話。ですので、逆に特徴的な行動をデータから炙り出して行ったら、実は睡眠時間にはこういった特徴があるとか、行動の仕方はこうだとか推察できれば、もしかしたらMCIの特徴は実はこうだったんだという話になるじゃないですか。そこをデータからの推定というアプローチだけで攻めているからこそ、僕はこの難しい事業にやり甲斐を感じています。

認知症予知検知の開発がもたらす未来像とは?

井上:では今後、認知症予知検知開発を進めていくにあたり、どのような発展の可能性があると思いますか?そしてこの開発が、先々どのような影響を持ってくれたらいいとお考えですか?

岡田:そうですね、その人がずっと使ってくれて、データを取り続ける事ができれば一番の強みになるのではないかと考えています。そうすることで、認知障害の予兆を見つけたりできるわけで。ライフログとしてちゃんと利用できたらインパクトあると思います。

井上:第3次AIブームと言われている中、IoTの普及であったり、通信環境の進化でデータを集めやすくなった反面、どのメディアを見ても常に異論、反論が存在しているという側面もあります。それこそ子供のアニメからご年配の方に向けたテレビまで、AIという言葉が飛び交っていますよね。

かつ今後AIが感情を持ち人間を凌駕するみたいな議論もあるわけじゃないですか。岡田先生のように実際にAIを研究している立場として、漠然とした恐怖論がある中、「先生のような研究をして何になるんですか?」って質問されたら何て答えます?

岡田:AIを使い人間の単純仕事を代替化し、自動化することにより,退屈な仕事の量を減らせれば、本当に自分がやりたかったことのための時間を作ったり、もう少しクリエイティブなことに費やす時間を作れることで、人間が持つ可能性を拡張するための助けになると答えると思います。

井上:確かにそうだと思います。恐怖の面ではなく、自分にとってどんなメリットがあるかという考えをみなさんが持てたら、もっとAIの研究はスピード感を持って進むかも知れませんよね。少し弊社の事業についてもご意見ください。弊社で展開する、高齢者施設向けの見守りサービスである「施設360°」というサービスをご存じだと思いますが、これにAIをどのような形で起用できると思いますか?

岡田:「施設360°」に関して言えば、サービスとして施設の入居者の方々にフィードバックを戻すというのは大前提ですよね。結果をいかに分かりやすく「だからこうなっているんですよ」というのを、エクスプレイナブルAI(説明可能なAI)が担う。そこに機能を載せることで可視化していけるのではないかと。

井上:「施設360°」を使って横山さん的にこういったサービスができたらいいなって思うことはありますか。

横山:AIで解析した結果を出すだけではなく、それを可視化することによって、個人的には質の良い睡眠が取れたと思っていても、意外とデータからはそうではなかったと分かるようなサービスとしてあれば、意識を変えていくことができるのかなって思います。発展の仕方として、いろんなことが予測され、相関を可視化させることで、何かしらのモチベーションアップにしていけたら、また未来は変わるのかもしれません。

井上:最後に岡田さんに聞きたいことがあるのですが、G&Sという会社は、兼業の会社なのですが、岡田先生の研究室の生徒の方たちから見てこのような働き方は、どのように感じると思いますか?

岡田:みなさん兼業で働いて、このように社会に貢献ができる開発をしているというのは、すごく魅力的だと思います。僕の研究室の学生も、AI機械学習を使ったサービス・ビジネスに関与したいと思っているんですけど,そこにはジレンマがあって。機械学習もモデルを簡単に作れてしまう時代になっているので、どういったフィールドで役に立たせることができるのかということに頭を悩ませている感じはしています。

井上:ありがとうございます。では、今後岡田研究室の就職候補先として紹介してください(笑)。

岡田:むしろそう思います(笑)。まず、インターンからがいいんじゃないですか(笑)。

井上:そうですね、ぜひ(笑)。これからもAIを活用した社会課題解決に一緒になって取り組んでいってください。本日はどうもありがとうございました。

【注記】
※1 JAIST岡田研究室との共著論文「ライフログを活用した認知症の早期検知」が感情分析コンピューティングの国際学会”ACII 2019 ”にて採択
https://george-shaun.com/gs-lab/acii2019_joint_research/


岡田将吾
東京工業大学大学院で博士号を取得後,京都大学、東京工業大学の助教を歴任.スイスIDIAP Research Institute 滞在研究員などを経て現在,北陸先端科学技術大学院大学 准教授。
人間の行動・コミュニケーションの理解を目的とした機械学習・マルチモーダルインタラクションモデリングの研究に従事.G&Sには2017年に認知症予知プロジェクトにて業務連携を開始。2019年4月にAI開発顧問に就任。
趣味はバスケットボール鑑賞,ダンス

https://www.jaist.ac.jp/areas/r/laboratory/okada.html


文 中村竜也
写真 中川司